未払いや滞納をしている債務者から債権を回収する方法として有効なのが「給与の差押え」です。
給与の差押えは強制的に債務者の給与をおさえ、回収する手段です。債務者がアルバイトや正社員などで働いていれば給与が発生しますから、債権者は「ほぼ確定的に発生するお金」から未払いや滞納している分を回収できます。債権回収において給与差押えはよく使われる方法です。
ただ、給与差押えにはメリットもあると同時にデメリットもあるため注意が必要です。混同しやすい「給与仮差押え」もあるため、用語や知識を混同しないよう注意することも重要になります。
この記事では、給与差押えについて弁護士が基礎知識を解説します。
- 給与差押えと給与仮差押えとは
- 給与差押えと給与仮差押えの違いとは
- 給与差押えの手続きと流れ
- 給与差押えのメリット
- 給与差押えのデメリット
給与差押えを検討している人や債権回収に悩んでいる人は参考になさってください。
⇒債権回収を強力に進めるなら!
「給与差押え」と「給与仮差押え」とは
給与差押えを検討しているときに最初にぶつかる壁が「給与差押えと給与仮差押えの違い」です。どちらも「差押え」という言葉が使われていますが、手続き内容や手続きの目的が違っています。名前は似ていますが、まったくの別物だということです。
給与差押えと給与仮差押えを混同してしまうと、債権回収の失敗にも繋がりかねません。適切な手続きを選ぶためにも、まずは給与差押えと給与仮差押えの意味、違いについて知っておきましょう。
給与差押えとは
給与差押えとは、「債務者の給与をおさえること」です。会社から債務者の支払われる給与を裁判所での手続きの上でおさえてしまい、その給与から債権者が債権回収するという流れになります。
給与差押えは、会社から債務者に支払われる給与を強制的におさえて債権回収を可能にするという非常に強い力を持つため、条件がそろっていないと手続きできません。債務者が滞納している。債務者が返済に応じない。このような事情だけでは給与差押えはできず、条件を満たして初めて可能な手続きなのです。
給与差押えの条件とは「債務名義を取得していること」です。
債務名義とは、債務名義として法律に定められた公文書のことになります。契約書などの私文書は債務名義として使えません。法律に列挙されている債務名義のいずれかを取得してはじめて給与差押えが可能になるのです。
- 確定判決
- 和解調書
- 少額訴訟の判決
- 仮執行宣言付支払督促
- 公正証書(強制執行に服するという文言が入ったもの) など
債務名義として使えるのは、以上のような公文書になります。
債務名義の一覧を見て行くとわかりますが、債務名義は取得に時間がかかるものが多いのです。
たとえば確定判決の場合は、裁判をして判決をもらわなければいけません。和解調書は和解することが前提になります。少額訴訟の判決や仮執行宣言付支払督促などは比較的短期で入手できますが、それでも裁判所で少額訴訟や支払督促の手続きをしなければならないという苦労があります。
つまり、債務名義の取得には、それなりの手続きと時間が必要なのです。給与差押えは強力な手続きだからこそ、債務名義も「強力な力を発動できるだけの裏付けがある公文書」に限られます。債務者が返済しないという事実があれば即座にできるわけではない点が給与差押えの難しさなのです。
給与差押えをしたくても債務名義を持っていない場合、裁判などで債務名義を取得するところからはじめなければいけません。債務名義を取得するまでの間に、債務者が逃げを打つ可能性があります。そこで登場するのが「給与仮差押え」という手続きなのです。
給与仮差押えとは
給与仮差押えとは、「給与を仮に差し押さえるための手続き」です。
すでに説明したように、給与差押えは債務名義がないとできません。債務名義がなければ取得する必要があるのですが、問題は取得するまでの間に給与が債務者に使われてしまう可能性が高いという点です。
給与仮差押えをすることにより、会社は給与仮差押えの対象になる額を給与差押えまでの間は債務者に支払えなくなります。
いずれ本格的な給与差押えを行うので、それまでの予約。これが給与仮差押えです。
給与差押えと給与仮差押えの違い
給与差押えと給与仮差押えは2つの点で異なっています。
ひとつは、給与差押えと給与仮差押えのタイミングです。
給与差押えは債務名義取得後、つまり裁判などを行った後の手続きになります。対して給与仮差押えは、債務名義を取得する前の段階です。このように、給与差押えと給与仮差押えでは、使うタイミングが違っています。
もうひとつは、給与差押えと給与仮差押えの目的です。
給与差押えは給与から債権を回収する目的で使いますが、給与仮差押えは給与差押えができない(債務名義がない)段階で、「今後、本格的に給与差押えをしますのでひとまず予約」というときに使います。
即座に給与をおさえて回収できるのが給与差押え。
準備ができていないためにすぐ回収できない。だからひとまず予約するのが給与仮差押え。
このように理解してみてはいかがでしょう。
本格的な債権回収に使うのが給与差押えであり、給与差押えできない段階で債務者から逃げられたり、給与を使われたりすることを封じるための予約的手段として使うのが給与仮差押えなのです。
給与差押えの手続きと流れ
給与差押えは債務名義を持っていれば自動的にスタートするわけではなく、別途、裁判所で給与差押えの手続きが必要になります。債務名義を取得していることを前提に、給与差押えの手続きと流れを見て行きましょう。
給与差押えの申し立てをする
まずは裁判所に給与差押えの申し立てをします。給与差押えを申立てる際は次のような書類が必要になるので、申立て前に準備しておきましょう。
- 申立書
- 債務名義
- 送達証明書
- 目録(当事者目録、請求債権目録、差押え債権目録) など
この他に、手数料と郵便切手が必要です。
手数料は基本的に4,000円。ただし、債権者や債務者、債務名義などが増えると手数料も増えます。基本的な手続き費用は、郵便切手と合わせて数千円ほどです。
第三債務者に差押えの通知が送達
申立てが適正に行われると、給与差押えが第三債務者(債務者に給与を支払う会社)などに通知されます。会社側が給与差押えを受け取ると、裁判所へ陳述書を送り返します。
差押えした給与から債権回収を行う
債権者は給与差押え命令の送達から1週間経過すると、第三債務者から直接的に債権回収できます。どのようなかたちで回収分を受け取るかは第三債務者と話し合って決めることになるのです。
なお、給与差押えをしている債権者が複数いる場合は、債権者ひとりが優先的に回収できるわけでなく、分配を受けることになります。第三債務者である会社が供託し、その供託金を裁判所の主導で他の債権者と分け合うことになるのです。
他に給与差押えしている債権者がいなくても、会社側が供託することがあります。この場合は弁済金交付手続きによって回収することになります。裁判所から手続き方法について連絡があるので、連絡に沿って手続きし、債権回収を進めてください。
取立完了届を提出する
給与差押えで回収できる金額は「債権の額+申立ての費用」です。2つの金額の合計額まで回収したら終了です。裁判所に給与差押えによる回収が終了したことを報告するため、取立完了届を提出します。
⇒債権回収を強力に進めるなら!
給与差押えのメリット
差押えは給与以外のものに対しても行うことができます。
たとえばよく使われるのは不動産の差押えです。不動産を差押えて競売し、売却金から回収する方法になります。他には車や預金、有価証券なども差押え可能です。
このように他にも差押え手続きや差押えできる物もあるため、給与差押えを使うときは他の手法などとも比較して決めることが重要になります。
他の手法と比較するために、給与差押えのメリットとデメリットを知っておきましょう。
給与差押えには3つのメリットがあります。
職場がわかれば手続きできる
給与差押えは債務者の職場がわかれば手続きできます。債務者の個人的な資産状況を完全に把握している債権者はなかなかいません。
預金があるだろうと思っても、その預金が具体的に何銀行の口座にあるかまで詳細に把握している債権者は少ないことでしょう。預金などを差押えて債権回収する場合は銀行や口座を探さなければいけませんが、勤め先なら簡単にわかるはずです。あるいは、債務者から聞いてすでに知っているというケースもあるのではないでしょうか。
勤め先がわかれば、債務者はその勤め先から給与を得ているということです。預金などの資産を探して差押えするより、職場さえわかればできる給与差押えの方が簡単にできる可能性が高いというメリットがあります。
比較的安定して債権回収できる
給与は会社から債務者に対して毎月支払われます。そのため、あるかわからない資産や何時払われるかわからない債権(債務者が債権者になっている債権)よりも存在が明確で、安定性があるのです。給与債権に給与差押えすれば、毎月発生する給与から比較的安定的に債権回収できるというメリットがあります。
手続き時の費用負担が軽めである
給与差押えは数千円程度と、債務名義さえ取得していれば手続き時の費用負担が軽めになっています。
たとえば不動産を差押えて債権回収する場合、不動産を競売する必要があります。競売をする場合、予納金として裁判所に50~100万円ほど納めなければいけません。競売する不動産の調査等にお金がかかるからです。
国が競売の対象になる不動産の調査費用などを払ってくれることはありません。不動産を差押えて競売しようとしている債権者が負担しなければいけないわけです。
予納金は基本的に後から戻ってくるのですが、実際は必ず全額が戻ってくるという保証はありません。債権者が最初にまとまったお金を準備しなければならないという意味でも、不動産の差押えや競売は債権者の費用負担が重いといえるでしょう。
給与差押えの方が手続き費用の負担という面では使いやすく、メリットがあるのです。
給与差押えのデメリット
給与差押えには2つのデメリットがあります。
債務者が職場を辞めてしまう可能性がある
給与差押えでは第三債務者(債務者の会社)に通知されます。債務者は会社に借金や未払いなどが知られるということです。給与計算を担当する部署に知人や近所の住人がいれば、給与差押えされたという事実は当然ですが知られることになります。
給与差押えを会社や同僚などに知られた結果、会社に居辛くなり、債務者が会社を辞めてしまうケースがあるのです。債務者が会社を辞めた場合、次に就職するまで時間がかかります。就職しない可能性や、できない可能性もあります。その間、債務者の資産状況は不安定になります。
給与差押えをしても債務者が会社を辞めてしまうことにより給与から債権回収できなくなる。退職後に次の収入を得られるようになるまで、債権回収が難しくなる可能性がある。給与差押えには、このようなデメリットがあるのです。
債務者の退職や転職に対応できない
給与差押えを受けている債務者が退職や転職すると、給与差押えによる債権回収は止まってしまいます。給与差押えは自動的に転職先まで追いかけてくれるわけではありません。
給与差押えを受けた債務者が転職を繰り返し、差押えから逃げる可能性があります。そのため、回収が難航したり、転職や退職により手続きが面倒になったりする可能性があります。
⇒債権回収を強力に進めるなら!
最後に
給与の差押えとは、債務者に対して職場から支払われる給与をおさえ、債権回収する方法です。
給与差押えは給与仮差押えと言葉が似ているため、混同しがちです。給与差押えと給与仮差押えはタイミングや債務名義取得などの点で異なっているため、混同しないように注意してください。
給与差押えは手続き費用の負担が軽めであるというメリットや、給与という毎月発生するものから比較的安定的に債権回収できるというメリットがあります。しかし、転職によって回収が止まってしまうリスクや、債務者自身が職場に居辛くなって辞めてしまうなどのデメリットもあるのです。
差押えは預金や不動産など、他の資産に対して行うこともできます。他の方法と比較して、給与差押えが適切だと思える場面で効果的に使うことが重要なのです。