民事調停(英語:Civil Conciliation、あるいはCivil Mediation)とは、簡単にいうと、裁判所で行う話し合いのことです。
民事調停は裁判所で執り行われるものの、結論を強制されることはなく、話がまとまらなければ不調として終了します。
裁判を起こすには「訴訟要件」を満たしている必要がありますが、私達が社会生活を営む中ではそれを満たさないトラブルも当然発生します。
そこで定められたのが裁判外で当事者同士が紛争を解決できる民事調停の手続です。
そこで本記事では、民事調停について、概要や手続の流れ、メリットや事例、民事調停が成立しなかった場合の解決方法などを中心に解説します。
民事調停とは
民事調停とは、調停のうち、地方裁判所や簡易裁判所で行う手続をさします。
そもそも調停とは、裁判のように勝敗を決定するのではなく、当事者の話し合いを通じてお互いが合意することで紛争の解決を図っていく流れ・手順を取る手続のことです。
地方裁判所や簡易裁判所で行われる調停は「民事調停」と呼ばれるのに対して、家庭裁判所で行われる調停は「家事調停」と呼ばれています。
民事調停の手続では,一般市民から選ばれた「調停委員」が、裁判官とともに紛争の解決に当たります。
この調停委員は、民事調停に一般市民の良識を反映させる目的のもと、社会生活上の豊富な知識経験や専門的な知識を持つ人の中から選ばれます。
具体的には,原則として40歳以上70歳未満の人であり、弁護士・医師・大学教授・公認会計士・不動産鑑定士・建築士などの専門家のほか、地域社会に密着して幅広く活動してきた人など社会の各分野から選ばれます。
裁判外紛争解決手続(ADR)の1種
通常、裁判を起こそうとする場合、訴訟要件を満たしている必要があります。
主な訴訟要件には、以下のような項目が挙げられます。
- 請求および当事者が日本の裁判権に服すること
- 裁判所が管轄権を有していること
- 当事者が当事者適格を有していること
- 訴えの利益があること
しかし、市民が社会生活を営む中で、上記のような訴訟要件を満たさないトラブルも当然ながら発生します。
こうしたトラブルに対応するために定められたのが、裁判外で当事者同士が紛争を解決できる仕組み「裁判外紛争解決手続(英語:Alternative dispute resolution、ADR)」であり、民事調停もその1つに該当します。
裁判外紛争解決手続とは、裁判によることなく、法的なトラブルを解決する方法・手段など総称する言葉で、具体的な方法としては仲裁・調停・あっせんなどが挙げられます。
裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律では、「訴訟手続によらずに民事上の紛争の解決をしようとする当事者のため、公正な第三者が関与して、その解決を図る手続」であると定義されています。
裁判所が行うADRの種類には、民事調停のほか、特定調停・労働審判などが挙げられます。
このうち、特定調停とは、借金をしている人等がこのままでは支払を続けていくことが難しい場合に、生活の再生等を図るために債権者と返済方法等を話し合う手続のことです。
また、労働審判は、労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争について、裁判官と労働審判員2名により構成される労働審判委員会が調停による解決を図り、それができない場合には労働審判委員会の判断としての労働審判を行うものをさします。
民事調停の制度上の目的
民事訴訟法第1条において、民事調停の目的は、「民事に関する紛争につき、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した解決を図ること」であると定められています。
つまり、民事調停は、裁判のように白黒つけるのではなく、譲歩・妥協・双方の歩み寄りなどによって解決に導くスタンスを特徴とする制度だといえます。
民事調停の手続の流れ
本章では、民事調停の手続を進めるための一般的な流れ・手順を解説します。
民事調停の申立て
民事調停の流れ・手順の最初のステップとして、民事調停の申立てが挙げられます。
民事調停の申立ては、書面もしくは口頭で、相手方の住所を管轄する簡易裁判所に対して行うのが原則です。
調停申立書に必要事項を記入し、裁判所の窓口に提出します。
調停申立書は裁判所にあるため、交付してもらいましょう。
申立書に記載する事項は以下のとおりです。
- 当事者の住所・氏名
- 申立ての趣旨・原因
- 紛争の要因および、その実情
次に、調停申立書に請求の価額に応じた額の収入印紙を貼り納付します。
なお、調停申立書は正本一通と相手方の数に応じて副本を添えなければならないため、調停申立の控えを保管しておきましょう。
また、契約書等の証拠書類があれば、提出することで調停員は事件の内容を把握しやすくなります。
そのほか、調停申立書に必要なものには、印鑑・筆記用具・申立費用・主張を裏付ける資料などが挙げられます。
調停期日の決定、当事者双方の呼び出し
申立てが受理されると裁判所によって調停委員が組織され、調停期日が決定されます。
その後、裁判所から自身と相手側に対して調停日程が通知され、裁判所に出頭するよう呼び出されます。
出席がどうしても困難な日時の場合、裁判所の担当書記官に相談しましょう。
調停の開始
調停では、裁判官1名と調停委員2名以上で構成される調停委員会が、自身と相手側の間に入って、話し合いにより相手の主張との調停を図ります。
1回目の調停で話がつかない場合、自身の希望と調停委員会の判断により、数回の調停日を当事者の都合の付く日に設けられます。
このようにして、紛争が解決するまで、調停期日が重ねられます。
もしも合意できる見込みがなくなれば、調停委員会が調停不成立の判断をするケースもあります。
調停調書の作成
話し合いの結果として双方合意の和解案が成立すれば、調停委員会によって「調停調書」が作成されます。
この調停調書は判決と同等の効力を持ち、その内容が実行されない場合は差押え等の強制執行も実施できます。
民事調停のメリット
本章では、民事調停の実施により期待されるメリットの中から、代表的な4つをピックアップし、順番に解説します。
迅速かつコストを抑えながら解決を図れる
基本的に民事調停は、調停委員を交えた当事者同士の話し合いであるため、話し合いがすぐにまとまれば早期の解決が図れます。
事案にもよりますが、おおむね3カ月程度での紛争解決が期待できます。
また、民事調停では、取引の継続など柔軟な解決方法を採用できるため、必ずしも金銭的な解決手段を取る必要がないことから、早期の解決に至りやすいです。
その一方で、訴訟になると、判決が出るまでに通常1~2年の月日がかかるため、紛争解決までに長い期間がかかることを覚悟しておく必要があります。
加えて、民事調停では訴訟に比べて、費用を半額程度に抑えられます。
例えば、500万円の債権を請求した場合、訴訟だと3万円程度の費用がかかるのに対して、民事調停であれば1万5,000円程度の費用に抑えられます。
また、1,000万円の債権を請求した場合は、訴訟だと5万円程度の費用がかかるのに対して、民事調停だと2万5,000円程度の費用に抑えられるのです。
そのうえ、民事調停であれば早期解決が期待できるため、弁護士費用も抑えられます。
手続が簡易的で話し合いが円滑に進みやすい
民事調停の手続は比較的簡単であるため、法的知識に乏しい素人であっても独力で行えることが多いです。
また、民事調停の話し合いは調停委員が間に入って進行するため、当事者が感情的になりにくくスムーズに進みやすいです。
このように、民間の第三者が介入することで議論が紛糾しにくくなる点は、民事調停の大きなメリットです。
そのうえ、民事調停では、手続自体が話し合いでの解決を目的としているため、調停の内容次第では調停終了後も相手方と円満な関係を継続できる場合もあります。
これに対して、訴訟を提起すると、相手方は「敵」となるため、相手との人間関係が悪化しやすく、訴訟終了後に関係が続くケースはほとんど見られません。
秘密厳守で進行できる
民事調停は原則として公開されないため、紛争が生じていることが第三者に知られる可能性がなく、会社や個人の評判が守られるほか、当事者である会社の企業機密が公の目に触れることもありません。
つまり、民事調停では、特に中小企業にとって会社の生命線ともいえる特許の内容が、第三者に知られるリスクがないのです。
これに対して、訴訟は原則として公開されるため、紛争が生じていることが第三者に知られる可能性があり、会社や個人の評判が低下するおそれがあるうえに、会社の企業機密が公に晒される可能性もあります。
時効を中断する効果がある
裁判所に民事調停の申立てが受理された場合、当事者における債権の消滅時効が中断されます。
そして、調停が無事成立した場合、債権の消滅時効が10年に延長されます。
債権の内容によってもともとの消滅時効期間は異なるものの、ここで延長される消滅時効期間は債権の内容に寄りません。
民事調停で取り扱われる事件の例
民事調停で取り扱われる事件の例は、以下のとおりです(離婚や相続など家庭内の紛争については、家事調停で取り扱われます)。
- 貸金・立替金に関するトラブル
- 給料・報酬に関するトラブル
- 家賃・地代の不払い・改定に関するトラブル
- 敷金・保証金の返還に関するトラブル
- 土地・建物の登記に関するトラブル
- クレジット・ローンに関するトラブル
- 売買代金に関するトラブル
- 請負代金・修理代金に関するトラブル
- 建物・部屋の明渡しに関するトラブル
- 損害賠償(交通事故など)に関するトラブル
- 近隣関係のトラブル
また、司法統計によると、令和2年度に簡易裁判所で新たに受け付けた民事調停は26,390件であり、このうち「一般」に分類されるものは15,070件、「宅地建物(宅地や建物の貸借や利用に関する調停)」に分類されるものは3,559件、「農事(農地や農業経営に付随する土地・建物等の貸借や利用に関する調停)」に分類されるものは8件、「商事」に分類されるものは3,484件、「交通」に分類されるものは1,819件、「公害等」に分類されるものは47件、「特定(個人・法人を問わず借金の返済が困難な人が、返済方法などを債権者と話し合い、生活や事業の立て直しを図るための調停)」に分類されるものは2,403件報告されています。
参考:最高裁判所「司法統計 民事・行政令和2年度 76 調停事件数 事件の種類及び新受,既済,未済 全簡易裁判所」
民事調停が成立しなかった場合の解決方法
民事調停が成立するためには当事者双方の歩み寄りが必要不可欠ですが、話し合いがまとまらなかった場合には主に以下の2種類の解決方法が採用されます。
17条決定
紛争の状況によっては、ある程度まとまりそうになっているにもかかわらず、「お互いに意地になって調停が成立しない」あるいは「会社の稟議、地方公共団体の議会対策など、裁判所のお墨付きが欲しい」といった場合もあります。
こうした場合、紛争の当事者からすると、裁判所の決定を受けることで、「面子がたもてる」「稟議が通りやすい」「後から責任を追及されない」といったメリットが生じることがあります。
このような場合、裁判所は、職権にて「調停にかわる決定(通称、17条決定)をすることがあります。
17条決定では、裁判所が双方の公平を考慮しながら、民事調停委員の意見をもとに必要な決定を行います。
なお、17条決定の名称は、このルールが民事調停法17条に規定されていることに由来しています。
17条決定が行われてから2週間以内に書面で異論を唱えなければ、当事者はその内容を認めたことになります。
しかし、告知から2週間以内に異議申立てをすれば、調停に代わる決定は効力を失います。
通常訴訟への移行
民事調停では強制的に決着を付けるための手続ではなく、当事者が合意に至らなければ「調停不成立」として手続は終了しますが、その後に通常訴訟に移行することが可能です。
この通常訴訟を民事調停打切りの通知を受けてから2週間以内に提起した場合、調停申立て時に納めた手数料の額は、訴訟の手数料の額から差し引かれます。
ただし、証拠に関しては、新たに提出する必要があります。
また、請求額によって管轄裁判所が変わるため注意しましょう。
具体的にいうと、訴額が140万円を超える場合は地方裁判所の管轄になる一方で、140万円以下の場合は簡易裁判所の管轄となります。
詳細は、紛争を担当する裁判所書記官にご相談ください。
民事調停を検討する際の注意点
最後に、紛争解決の手段として民事調停を検討する際の注意点の中から、代表的な3つをピックアップし、順番に解説します。
相手方が調停期日に欠席すれば手続を進められない
民事調停の場合、紛争の相手方当事者が出頭するか否かが分からない点に注意すべきです。
民事訴訟に関しては、裁判に欠席してしまうと、原告が請求したとおりの判決が下される「欠席判決」と呼ばれる仕組みがあるのに対して、民事調停はあくまでも当事者の話し合いの場であるため、こうした仕組みはなく、相手方が調停期日に欠席すれば手続を進められません。
調停期日は平日に設定される
調停期日は平日に設定されるため、当事者が仕事などで休暇を取りにくい場合は不都合だといえます。
また、1度の調停には、少なくとも2時間程度の時間がかかります。
加えて、裁判所への往復移動時間が必要となるため、多くの手間・時間を割かなければなりません。
最終的な結論が出ないまま時間だけが経過する場合がある
民事調停のデメリットの1つとして、当事者の中で最終的な結論が出ないまま、ただ時間のみが経過してしまう場合がある点も挙げられます。
民事調停も裁判手続の1つであるため、紛争の解決に至るまでには一定の時間を要します。
そのうえ、民事調停では、当事者双方が譲らない場合は調停が不成立となり、民事訴訟のように判決が下されるわけでもありません。
民事調停で解決ができなかった場合、民事訴訟の提起を検討するケースが多いですが、民事訴訟自体も早期に決着が付くことは少なく、多くの時間がかかる点は留意しておきましょう。
まとめ
民事調停とは、当事者の紛争解決のために、地方裁判所や簡易裁判所で行われる話し合いのことです。
民事調停の手続を進めるための一般的な流れ・手順は、以下のとおりです。
- 民事調停の申立て
- 調停期日の決定、当事者双方の呼び出し
- 調停の開始
- 調停調書の作成
また、民事調停の実施により期待される代表的なメリットは、以下のとおりです。
- 迅速かつコストを抑えながら解決を図れる
- 手続が簡易的で話し合いが円滑に進みやすい
- 秘密厳守で進行できる
- 時効を中断する効果がある
ただし、民事調停を検討する際には、以下のような注意点も存在します。
- 相手方が調停期日に欠席すれば手続を進められない
- 調停期日は平日に設定される
- 最終的な結論が出ないまま時間だけが経過する場合がある
民事調停の手続には注意点も多いため、必要に応じて専門家のサポートを得ながら実施を検討しましょう。