差し押さえとはどのような手続きなのかを理解できるよう、差し押さえの概念、差し押さえができる財産・できない財産、メリット・デメリット、手続きや流れ、仮差し押さえとの違い、差し押さえへの異議申し立てや注意点等について解説します。
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差し押さえとは
「差し押さえ」とは、債権者の申し立てによって、借金等を返済しない債務者の財産を、裁判所が強制的に差し押さえ・換価(金銭に換える)・配当する「強制執行」という手続きの一つです。
強制執行の目的は債権回収であり、差し押さえは債権回収に必要な競売等の手続きを行うために債務者の財産を差し押さえる目的で行われます。
差し押さえはどのような場合に行うか
借金を返済しない債務者に悩んで、債権者が裁判に持ち込んで勝訴し確定判決を得たとしても、それでもなお債務者が返済しないケースがあります。法律では、債権者自らが、債務者の財産を奪って支払いに充てることは禁止されています(自力救済の禁止)。
そうした場合の解決策として設けられているのが、判決などの「債務名義」を有する債権者が申し立てれば、裁判所が強制的に債務者の財産を差し押さえ・換価・配当を行う「強制執行」であり、その方法の一つが「差し押さえ」です。
差し押さえには債務名義が必要
差し押さえは裁判所が債務者の財産を強制的に処分する手続きであるため、債権者が正当な権利を持っているという証明が必要とされ、その権利の証明が「債務名義」です。
債務名義とは、強制執行の前提として必要であると民事執行法第22条で定められた種類の、公的機関が作成した文書を指します。
具体的には、確定判決、少額訴訟判決、仮執行宣言付判決、仮執行宣言付支払督促、和解調書、調停調書、公正証書(執行受諾文書と執行文が付与されているもの)等です。
差し押さえができる財産
差し押さえの対象となるのは債務者の財産です。大きく次の3つに分けられます。
- 不動産
- 債権
- 動産
不動産
土地や建物といった不動産は差し押さえができます。不動産は資産価値が高いうえ換金性も低くはないため、多額の債権回収が期待できます。
しかし、不動産の差し押さえは手続きに時間を要するため、換価まで1年程度かかる点がデメリットです。
不動産を差し押さえても、他の債権者がそれより以前に抵当権等の担保権を設定していればそちらが優先されます。
そのため、他の債権者の債権額が不動産の処分価額よりも大きければ、差し押さえが実質的に無意味になるリスクは考慮しておいた方がよいでしょう。
債権
債務者が第三者に対して有する債権も差し押さえができます。種類がある債権の中でも代表的なものをいくつか紹介します。
給与
給与債権は、第三者である会社に対して債務者が有する債権です。賞与や退職金も差し押さえの対象となります。
ただし、債務者が生活できなくなるような差し押さえは法律で禁止されているため、差し押さえできる給与の金額には次のように上限額があります(民事執行法第152条・施行令第2条)。
債務者の給与(手取り)が
- 44万円以下:手取りの4分の1の金額
- 44万円超:手取りから33万円を引いた金額
たとえば、債務者の手取りが40万円なら1か月につき10万円まで、50万円なら1か月について17万円までしか差し押さえできません。このように上限額はありますが、債権者の請求額に達するまで給与の差し押さえを毎月継続して行うことは可能です。
預金
預金債権は、第三者である金融機関に対して債務者が有する債権です。たとえば、債務者の銀行口座に預金残高がある場合、債務者は銀行に対して預金残高分の払い戻しを請求する債権を持っているといえます。
預金については、給与のように差し押さえの上限額はありません。
差し押さえできるのは、金融機関に債権差押命令が送付された時点での残高で、債権者の債権を上回る金額は当然ながら差し押さえできないことから(民事執行法第146条2項)、送付以降に入金された金額は債務者が引き出せます。
銀行から融資を受けている債務者に対して、その預金口座を差し押さえるのは非常に有効です。銀行が融資を行う場合、融資や返済を継続し難い事由が発生した際には直ちに融資全額を回収できる(期限の利益喪失)条項への同意を条件としています。
期限の利益喪失とは期限までに支払えばいい自由を失うこと、そして差し押さえは期限の利益喪失事由に該当します。つまり、預金の差し押さえによって債務者は銀行からの融資の全額返済に追い込まれるのです。
売掛金
売掛債権は、第三者である取引会社等に対して債務者が有する債権です。たとえば、債務者が取引先に商品やサービスを販売した代わりに代金を受け取る債権を指し、売掛金や受取手形等が挙げられます。
売掛金を差し押さえると、第三債務者である売掛先には裁判所から「債権差押通知」が送達され、債務者が差し押さえを受ける事実を知らされます。
差し押さえからは経営悪化や倒産が連想され、危機意識の高い売掛先であれば取引停止に踏み切られる可能性があります。
売掛先が大企業であれば、差し押さえが取引基本契約の解除事由に設定されているケースが多く、債務者は大口の取引先を失うリスクに晒されます。
そのため、これまで督促を交わしていた債務者も真剣に対応してくる可能性が高いです。
賃料債権や生命保険
賃料債権や生命保険も差し押さえの対象となります。賃料債権は、たとえば債務者がアパートの大家である場合に、第三者である店子に建物の使用収益を提供する見返りに賃料を受け取る債権を指します。
生命保険は、養老保険や終身保険など資産価値があるもの、配当金や満期金、解約時に戻ってくる解約返戻金等が対象となります。
掛け捨て型の生命保険は掛け金も低額で資産価値が低いため、対象外となる可能性があります。
また、解約返戻資金を差し押さえた場合には、債権者は債務者に代わって生命保険の解約が可能です(最高裁平成11年9月9日判決)。
動産
動産も差し押さえの対象となります。代表的なものをいくつか紹介します。
株式等の有価証券
株券(動産)や株券が発行されていない株式(債権)も差し押さえの対象となります。
相手方が株式会社の場合、自社株や保有している他社の株式を差し押さえるのは債権回収において有効な手段といえます。
株券は動産のため、株券が存在する場所を特定し動産執行の手続きに沿って差し押さえを行います。
株券がどこにあるか分からない場合は差し押さえが困難です。
また、株券が発行されていない株式は「その他の財産権」(民事執行法第167条1項)にあたるため、債権執行の手続きに沿って差し押さえを行います。
現金やその他の動産
現金、貴金属や骨董品、船舶や飛行機なども差し押さえの対象となります。
ただし、債務者が生活できなくなるほどの差し押さえは法律で禁止されているため、家具や電化製品などの生活に必要な動産は差し押さえできません。
自動車は、家に1台しかなく差し押さえると移動ができないなどの場合には差し押さえの対象から外れます。
同様に、66万円までの現金は、債務者が生活できなくなるとして差し押さえを禁止されています(民事執行法施行令第1条)。
たとえば、債務者が100万円の現金を持っている場合は、差し押さえしてよいのは100−66=34万円のみです。
差し押さえの優先度が高い財産
差し押さえができる財産の中でも、債権は債務者本人ではなく第三者から取り立てができ、換価が不要で必要な費用も安く済むことから、差し押さえをしやすいため優先度が高くなります。一方、不動産や動産は査定調査や競売などの手続きや費用がかかり、債権とは異なり換価の手間が生じるため、差し押さえの優先度はやや下がります。
差し押さえができない財産
債務者の財産であれば大半が差し押さえ可能ですが、債務者が生活できなくなるような差し押さえは法律で禁じられているため、次の財産は差し押さえができません。
差し押さえができない債権(差押禁止債権)
差し押さえを禁止されている債権の中で、代表的なものは以下の通りです。
- 債務者の給与(手取り)が
44万円以下:手取りの4分の3の金額
44万円超:33万円
- 国民年金や厚生年金等の各種年金
- 生活保護や児童手当等の受給権
- 労災や損害賠償等の請求権
- 慰謝料請求権など、債務者以外が行使できない債権
ただし、上記の債権であっても銀行口座に入金された時点で預金債権とみなされ、差し押さえが可能となります。
差し押さえができない動産(差押禁止動産)
差し押さえを禁止されている動産の中で、代表的なものは以下の通りです。
- 66万円以内の現金
- 生活に必要な衣服・寝具・家具・台所用品・畳や建具
- ひと月分の生活に必要な食料や燃料
- 実印、仏像や位牌・学校での学習に必要な書類や器具、義手義足
家族や同居人の財産は差し押さえができない
差し押さえができるのは債務者や連帯保証人の財産であるため、それ以外の家族や同居人の預金や私物は、たとえ同居していたとしても差し押さえができません。
差し押さえを行う側のメリット
差し押さえを行う側には次のメリットがあります。
債務者から強制的に取り立てができる
債権者には債務者から返済を受ける権利がありますが、債務者が払ってくれないことにはどうしようもなく、自力救済も禁止されています。
そのような困った事態でも、債権者が債務名義を得て差し押さえを申し立てれば、裁判所が債権者に代わって強制的に取り立てを行ってくれるのは大きなメリットです。
特に、債務者の債権を差し押さえることができれば、第三者から取り立てができるため回収の可能性も高まります。
債務者による財産の処分を防止できる
強制執行に踏み切っても、その前に債務者が財産を売り払ってしまっていたら意味がありません。差し押さえにはその後の換価や配当をスムーズに行う役割があります。
差し押さえを行う側のデメリット
一方、差し押さえを行う側には次のデメリットがあります。
債務者の財産がなければ差し押さえも無意味
前述したように、債務者が生活するうえで必要な財産は差し押さえができません。
そもそも、債務者の財産がゼロなら差し押さえられる財産も存在しないので、差し押さえを行っても無意味といえます。
このような事態を防ぐため、融資の際には債務者の不動産に抵当権を設定しておく等の対策が挙げられます。
しかし、関係が近い人や取引先が相手の債権では担保の確保が曖昧になりがちで、債権回収時に債務者の資力が尽きていることもあり得ます。
差し押さえ前には債務者の財産調査が必要
差し押さえをするには、債務者財産の洗い出しと対象となる財産の特定が必要です。
債務者がどのような財産を持っているのか、不動産や債権、動産まで網羅して全体を調査する方法は乏しく、債務者が財産を隠しているケースもあります。
後述する「財産開示手続」の制度等を活用して、効率的に財産調査を進める姿勢が求められます。
差し押さえをされる側はどうなるか
差し押さえが、債務者(差し押さえをされる側)にどのような影響を与えるのかを解説します。
金銭債権の消滅時効が更新される
借金や利息等の金銭債権においては、次のように時効が設定されています。
- 支払期日から5年
- 2020年4月1日(民法改正施行日)以前に個人や会社組織以外(信用金庫等)から借りた金銭等の場合は、支払期日から10年
また、賃金請求権の時効は、2020年4月1日以降に支払期日が到達する賃金請求権については「当分の間(移行期間)」は支払期日から3年とされ、将来的には5年への延長が予想されています。
これらの時効は設定された期間が経過すると消滅します(消滅時効)。ただし、自動的に消滅するのではなく、債務者が債権者に対して、消滅時効を援用(消滅時効という事実を自らの利益のために主張)する意思表示が必要です。
しかし、差し押さえを行うと、それまで積み重ねられてきた時効期間がリセットされます(消滅時効の更新)。
たとえば、消滅時効期間が5年間の金銭債権に対して、4年間が過ぎた時点で差し押さえを行った場合は、4年間の時効期間がリセットされてゼロになり、再び消滅時効の完成を目指すには新たに5年間の経過が必要となります。
動産や動産の差し押さえでは執行官が自宅を訪問する
不動産や動産の差し押さえでは、執行官が現況調査のために債務者の自宅等を訪問します。
不動産の現況調査では建物内の写真撮影や家族等への聞き取りが行われ、動産の現況調査では対象物に赤札が貼られることもあります。
このような調査は債務者に大きなストレスを与えるため、競売に至る前に債務者が返済して債権回収につながるケースも見られます。
給与差し押さえでは会社に通知が送達される
給与の差し押さえでは、第三債務者である会社には裁判所から「債権差押通知」が送達され、債務者の借金滞納や差し押さえの事実を知ることになります。
債務者はこのような事実を会社に知られたくないため、差し押さえの前に自発的に弁済してくるケースも見られます。
信用情報機関に延滞情報が登録される
たとえば、キャッシングの返済を滞納して給与を差し押さえられる場合、差し押さえ時点で、信用情報機関には「延滞」の情報が登録されている状態です。そのため、クレジットカードやローンの審査には通りません。
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差し押さえの手続きや流れ
差し押さえでは、対象が不動産・債権・動産のいずれかによって手続きや流れが異なります。
いずれも、申し立ての前段階として、債務者の財産を調査して差し押さえの対象にする財産の決定が必要です。
不動産執行の手続きや流れ
不動産執行とは対象財産が不動産である強制執行を指し、次の流れに沿って手続きを行います。
申し立て
債権者が書面で、裁判所(不動産の所在地管轄の地方裁判所)に不動産競売の申し立てを行います。
競売開始決定・差し押さえ
申し立てが適法だと認められれば、裁判所が競売開始決定を発令し、債務者に競売開始決定通知を送達します。不動産には差し押さえの登記が設定され、債務者は不動産を処分できなくなります。
売却の準備
執行官と評価人が不動産の現況調査を行い、買受希望者が閲覧できるよう「物件明細書」「現況調査報告書」「評価書」の作成、売却基準価額を決定します。
売却
裁判所書記官が売却日時や売却方法を決定します。第1回目の売却方法は期間入札が行われるのが一般的です。
期間入札は、期間内に買受希望者が入札を行い、期間後に開礼して落札者を決める方法です。
落札者は納付期限までに代金を納付すれば、裁判所が所有権移転の登記を行います。
配当
裁判所が、優先する債権の順番に従って債権者に売却代金を配当します。抵当権有りの債権と債務名義のみの債権では、抵当権の方が優先されます。申し立てから配当まで通常は1年程度かかります。
債権執行の手続きや流れ
債権執行とは対象財産が債権である強制執行を指し、次の流れに沿って手続きを行います。
申し立て
債権者が書面で、裁判所(債務者の住所地管轄の地方裁判所)に債権差押命令の申し立てを行います。
債権差押命令の発令
申し立てが適法だと認められれば、裁判所が債権差押命令を発令し、第三債務者・債務者の順に送達します。第三債務者とは債務者に対して債務を負っている者のことです。
たとえば、債務者が会社で働いている場合、債務者は会社に対して給与債権(給与の支払いを受ける権利)を有しているので、会社は債務者に対して第三債務者になります。
第三債務者が裁判所に陳述書を提出した後で、裁判所が債権者に債権差押命令(債権者分)・陳述書(第三債務者作成)・送達証明書(裁判所作成)を送付します。
取り立て
債務者に債権差押命令が送達した日(送達証明書に記載)から1週間(給与債権については4週間)経過後に、債権者は第三債務者から直接支払いを受けられるようになります。
申し立てから取り立てまで通常は1か月程度かかります。
動産執行の手続きや流れ
動産執行とは対象財産が動産である強制執行を指し、次の流れに沿って手続きを行います。
申し立て
債権者が書面で、裁判所(動産の所在地管轄の地方裁判所の執行官)に動産執行の申し立てを行います。
動産執行の日時決定
申し立てが受理されると、執行官から債権者に連絡があり、打ち合わせをして動産執行の日時を決定します。
動産執行
動産執行の日、執行官が債務者の自宅や店舗等に出向いて、換価できそうな動産を差し押さえて持ち帰ります。債権者は債務者の自宅等には入れませんが、外で待っていて執行官から報告を受けて差し押さえる動産を判断したり、執行官が連れてきた債務者に支払いを督促したりするケースもあります。
売却・配当
動産執行後、執行官が売却期日を決定し、期日までに差し押さえた動産を売却して債権者に配当します。売却は動産執行の当日に行われることもあり、その場合は同行した専門業者に購入させる、または債権者が購入して債権と相殺する等の方法が取られます。
差し押さえを行うために必要な費用
差し押さえの必要費用は、裁判所と弁護士に支払う費用の2種類に分けられます。そのうち、裁判所に支払う費用の内訳は次の通りです。
不動産執行にかかる裁判所費用
不動産執行時に裁判所に支払う費用は以下になります。
- 申立手数料4,000円(担保権または債務名義1つにつき)
- 予納金(例.土地または建物1筆で40万円)
- 登録免許税(確定請求債権額の1000分の4)
- 切手代94円
予納金とは、申し立てをする際に手続費用としてあらかじめ裁判所に収めるお金です。予納金は生じた経費を差し引いた残額が不動産執行の終了後に返金されます。
債権執行にかかる裁判所費用
債権執行時に裁判所に支払う費用は以下になります。
- 申立手数料4,000円(債権者1名・債務者1名・債務名義1通の場合)
- 切手代(債務者数や管轄の裁判所等により変化)
動産執行にかかる裁判所費用
動産執行時に裁判所に支払う費用として予納金(2〜5万円程度)が挙げられます。予納金は生じた経費を差し引いた残額が動産執行の終了後に返金されます。
仮差し押さえとは?差し押さえとの違いと手続きの流れ
差し押さえと似た手続きに「仮差し押さえ」があります。差し押さえとの違いや仮差し押さえに必要な手続きの流れを理解して活用できると効果的な債権回収が可能です。
仮差し押さえと差し押さえの違い
仮差し押さえにおいても、債務者の財産を強制的に差し押さえるステップは同じです。しかし、仮差し押さえと差し押さえは次の点で違いがあります。
目的 | 債務名義 | 根拠となる法律 | |
仮差し押さえ | 強制執行のための財産保全 | 不要 | 民事保全法 |
差し押さえ | 強制執行による債権回収 | 必要 | 民事執行法 |
仮差し押さえは、裁判に勝って強制執行を申し立てたら、その前に債務者が財産を処分していたという事態にならないよう、強制執行(差し押さえを含む一連の流れ)の前に行います。その目的から、手続きは簡易な書面審理のみでスピーディーに行える点も差し押さえとの違いです。
仮差し押さえの流れ
仮差し押さえは、次の流れに沿って手続きを行います。申し立てから執行までの流れは早ければ1週間程度ですが、審理に時間を要すればそれ以上の日数がかかる場合もあります。
- 債権者が、裁判所に「仮差押申立書」を送付
- 裁判所での審理
- 債権者が、担保金を法務局に供託(7日以内)
- 裁判所が仮差し押さえを決定
- 仮差し押さえを執行
- 執行後に、裁判所が債務者に仮差押決定書を送達
債務者が仮差し押さえが行われたと知るのは執行後であり、債務者に知られずに財産を差し押さえられるのが仮差し押さえのメリットです。
一方、このように一方的な手続きであることから、債権者は担保金の供託が必要なのがデメリットでもあります。
担保金の金額は、対象となる金銭債権の2〜3割程度が相場です。仮差し押さえ後の訴訟に勝つ、または債務者と合意に達して任意に債権を回収する等の場合には担保金は戻ってきます。
しかし、債務者との訴訟に負けた場合は、担保金が債務者への損害賠償に填補される可能性があります。
強制執行の前に仮差し押さえを行うかどうかは、これらのメリットとデメリットを踏まえて総合的に判断するのがよいでしょう。
差し押さえに対する異議申し立て
差し押さえは申し立てれば必ず執行されるとは限りません。債務者が差し押さえに異議を申し立てて、その効力を争うケースもあります。
異議申し立ての種類
差し押さえを含む強制執行への異議申し立てには次の種類があります。
- 違法執行への異議申し立て:執行抗告・執行異議
- 不当執行への異議申し立て:請求異議の訴え
- 第三者による異議申し立て:第三者異議の訴え
執行抗告・執行異議
違法執行とは、執行手続上の規定に違反しているため違法とみなされる執行を指します。
たとえば、判決などの債務名義がないのに偽造された書類で執行された等の場合です。
違法執行に対する異議申し立てには「執行抗告」「執行異議」の2種類があり、次の点で違いがあります。
どちらも、申し立ての期限は裁判の告知を受けた日から1週間以内です。
申し立て先 | 対象 | |
執行抗告 | 上級審 | 執行抗告ができると法律に規定があるもの限定 |
執行異議 | 執行裁判所 | 執行抗告ができない処分に対して行う |
請求異議の訴え
不当執行とは、執行手続上は適法ですが実態法上の根拠がない執行を指します。
たとえば、強制執行の根拠となる債権が存在しない、支払い済みである等、債務者の身に覚えがない、身に覚えがあっても強制執行をされる状態ではない等の場合です。
不当執行に対する異議申し立てが「請求異議の訴え」であり、申し立ての期限は特に設定されていません。
第三者異議の訴え
対象の債権において、債務者・債権者のいずれでもない第三者による異議申し立てが「第三者異議の訴え」です。たとえば、強制執行の対象となる財産の所有権が既に債務者から第三者に移転している、動産執行時に間違って債務者の同居人の動産が差し押さえられた等の場合に用いられます。こちらも申し立ての期限は特に設定されていません。
強制執行停止を申し立てる流れ
上記の異議申し立てはすべて、それだけでは強制執行を停止できません。強制執行を停止するには下記の手続きの流れが必要です。
- 強制執行への異議申し立て
- 強制執行停止の申し立て
- 裁判所が立担保命令を発令+債務者による担保金の供託
つまり、債務者が強制執行に対して異議と執行停止の2回の申し立てを行い、さらに担保金を供託して、ようやく強制執行停止の決定が下されます。
差押禁止債権の範囲変更の申立て
異議申し立ての他にも、債権の差し押さえをされると債務者の生活に著しく支障が出る場合に、債務者の申し立てを受けて差し押さえの範囲変更を裁判所が判断する「差押禁止債権の範囲変更の申立て」という制度があります。
たとえば、年金が振り込まれた口座(預金債権)を差し押さえられると暮らしていけない場合等に用いられます。
申し立ての期限は、債務者に差押命令が送達された日から1週間以内です。
差し押さえを行う上での注意点
差し押さえを行う際に注意したい点として下記が挙げられます。
債務者が異議を申し立てる可能性を考慮
いざ強制執行の手続きが始まったと思ったら、債務者が異議を申し立てるケースがあります。
異議申し立て後、さらに債務者が強制執行停止を申し立てると、債務者が提出した疎明資料をもとに裁判所が強制執行停止の要件を満たしているか審査する等、予想していなかった時間がかかり、本来は迅速なはずの執行手続きが遅れかねません。
強制執行を申し立てる際には、債務者が異議を申し立てるような余地を潰しておく必要があります。
効果的な差し押さえのためには財産調査が不可欠
差し押さえをするには、債務者がどのような財産を持っていて、どの財産なら差し押さえが可能か、対象となる財産を事前に特定しておかねばなりません。
そのためには債務者の財産調査が必要ですが、銀行口座ひとつ取っても、債務者がどの銀行の口座を持っているのか、全銀行を横断して網羅的に調査するのは一般人には困難です。
財産開示手続とは
このような問題の解決策として、「財産開示手続」という制度が用意されています。債権者の申し立てにより、裁判所が財産開示期日に債務者を裁判所に出頭させ、自らの財産について陳述させる制度です。
財産開示手続は以前からあった制度ですが、2020年4月に下記の点が改正されたことで実効性が高いものに改正されました。
- 債務者による出頭無視や虚偽の陳述に対する罰則強化(6か月以上の懲役または50万円以下の罰金)
- 「第三者からの情報取得手続」の新設
- 申し立て要件の緩和
改正前は罰則が30万円以下の過料だったため、財産を明らかにするなら過料を払った方がよいと出頭無視や虚偽の陳述を行う債務者が続出していました。
改正後は罰則が罰金または懲役刑に変更されたため、債務者も出頭手続きを蔑ろにしづらくなり制度の実効性は向上しています。
新設された「第三者からの情報取得手続」では、申し立てをすれば債務者に関する次の財産情報の提供を第三者から受けられます。
情報の種類 | 入手できる情報 | 問い合わ先の第三者 |
不動産情報 | 債務者名義の不動産の所在地・家屋番号 | 東京法務局 |
勤務先情報 | 債務者への給与支給者 | 市区町村または厚生年金を扱う団体 |
預貯金情報 | 債務者の預貯金口座(支店名・口座番号・金額) | 金融機関 |
株式情報 | 債務者名義の上場株式等の銘柄・数等 | 金融商品取引業者等 |
第三者からの情報取得手続を行う流れは、債権者が裁判所に申し立てを行い、裁判所は第三者に情報提供命令正本を送付します。
務者の財産についての情報提供書が第三者によって作成され、裁判所経由または第三者から直接、債権者に送付されます。財産開示手続を活用して、差し押さえ前に十分な財産調査を実施しておきましょう。
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まとめ
差し押さえは強制執行の一方法であり、裁判所が債務者の財産を強制的に差し押さえ・換価・配当することで債権を回収できるのがメリットですが、強制執行を申し立てる手続きを独力で行うのはハードルが高いように思われます。
効果的な差し押さえをするために、事前に財産調査を実施して対象とする財産を特定、必要な各種書類を作成・提出、必要なら仮差し押さえも検討、債務者からの異議申し立てにも対応など、これらのプロセスを乗り切るには、強制執行の専門家である弁護士事務所に相談するのがより効果的です。