スイスの大手銀行クレディ・スイスのAT1債に関する話題が注目を集めています。
クレディ・スイスの買収に際して、AT1債という社債が無価値化されたことで、投資家たちの間で大きな波紋を呼んでいます。
この記事では、クレディ・スイスAT1債について解説します。AT1債とは何か、メリット・デメリットや、AT1債無価値化による今後の動向についても詳しく解説するので是非参考にしてください。
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AT1債とは
AT1債とは、「Additional Tier1」の略称であり、債権と株式の中間的な特性を持つ証券です。
この「Tier1」とは、資本金や利益余剰金などで構成される中核的自己資本を意味し、AT1債で調達した資金は、この中核的自己資本の一部に組み込まれることからこのように呼ばれます。
AT1債は原則償還期限のない永久債であり、発行元の金融機関が破綻した場合は、一般的な債権よりも弁済順位が低くリスクが高い反面、高い利回りを享受できるという特徴があります。
またAT1債には、発行元である金融機関の自己資本比率が当該規制で定める一定水準を下回った場合や、経営危機に陥った場合は、監督当局の判断により、強制的にAT1債の元本が削減されたり、株式に転換されたりといった取り決めが付されています。
このように債権と株式の両方の性質を持つことから、ハイブリッド証券とも呼ばれています。
主に欧州を中心に発行されていましたが、現在は日本のメガバンクを傘下にもつ企業でも発行されています。
AT1債のような特性の証券発行のきかっけとなったのは、バーゼル規制の導入です。
バーゼル規制とは、国際的に展開する銀行に課される規制であり、銀行の自己資本比率や流動性比率に関する基準です。
金融機関の破綻による国民や経済全体への影響があまりにも大きいためにこのような規制が設けられました。例えば銀行が破綻すれば、決済システムが滞り経済全体に大きな影響を生じることが想定されます。また仮に銀行の信用が崩壊した場合は、国民が同時に預金を引き出され、銀行が引き出しに対応できず倒産してしまう等のリスクがあります。
このようなリスクを回避し、公共性の維持や国民の預金を保護するために、AT1債のような一定水準以上の自己資本比率の維持を目的とした証券が発行されました。
AT1債の事例
ここからは、AT1債の事例をいくつか紹介します。
2023年4月19日、三井住友フィナンシャルグループでは、総額1,400億円相当のAT1債の発行を決定しました。5年2カ月後に償還可能なものを890億円、10年2カ月後に償還可能なものを510億円発行しました。国債に対するスプレッドは1.8%程度で、参加投資家は約100件程度となります。
みずほフィナンシャルグループも2023年7月にAT1債の発行を決定しました。発行総額は2610億円であり、5年5カ月後に償還可能なものを1,600億円、10年5カ月後に償還可能なものを1,010億円発行しました。
2023年5月26日、三菱UFJフィナンシャル・グループは、総額3,300億円相当のAT1債の発行を決定しました。5年2カ月後に償還可能なものを1,920億円、10年5カ月後に償還可能なものを1,380億円の発行しました。
またAT1債の取り扱い証券会社としては、三菱UFJモルガン・スタンレー証券やみずほ証、ネット証券大手の楽天証券やSBI証券、マネックス証券等が挙げられます。今回のクレディスイスAT1債権に関しては、三菱UFJモルガン・スタンレー証券は約950億円、みずほ証券は約40億円販売していました。
AT1債のメリット
AT1債のメリットは、投資家が高い利回りを享受できることです。
先述したとおり、弁済順位が低いことから投資家が負うリスクは大きいですが、その分上乗せされる金利が高いのです。
例えば、2023年3月時点で、3米国債10年の利回りは約3.58%ですが、クレディ・スイスのAT1債権の利回りは約9.75%でした。
そのため一部の投資家には人気で、高い利回りを求める投資家からは積極的に購入されます。
AT1債のデメリット
AT1債のデメリットは、投資家が損失を負うリスクが高いことです。
銀行の弁済順位は、預金→普通社債→TLAC(総損失吸収力)債→劣後債→AT1債→普通株式となります。
このように弁済の優先順位が低いため、万一銀行が破綻した場合、投資家は損失を負うリスクがあります。
また先述したとおり、発行元が破綻の危機に瀕した場合は、監督当局の判断により強制的に元本を削減される、株式に変換される等の可能性があります。
クレディ・スイスのAT1債の無価値化
2023年3月19日、スイスの大手銀行であるクレディ・スイスが発行するAT1債が全損となりました。ここからは、その背景や経緯を説明します。
クレディ・スイスは経営危機に際し、スイス最大手銀行であるUBSに、約40億スイスフラン(日本円で約4,300億円)で買収されました。
この買収により、クレディ・スイスの既存株主はUBSの株式を受け取ることとなりました。その一方で、スイスの金融監督機関であるFINMA(連邦金融市場監督機構)は、AT1債の約160億スイスフラン(日本円で約2兆2,800億円)を無価値化することを発表したのです。
先述したとおり、通常AT1債には、発行元である金融機関の自己資本比率が一定水準を下回った場合や経営危機に陥った場合は、強制的に元本が削減されたり、株式に転換されたりといった取り決めがあります。
ただクレディ・スイスのAT1債の目論見書には、上記に加えて、政府や監督機関から特別な支援があった場合、AT1債を全損させるという旨の条項が付されていたのです。
そのためFINMAは当該目論見書に従ってAT1債の無価値化し、株主とAT1債保有者の弁済の優先順位が入れ替わり、AT1債が劣後するという事態が生じました。
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AT1債の無価値化による集団訴訟の可能性とその動きについて
クレディ・スイスAT1債の無価値化の決定は、世界中の投資家に物議と混乱をもたらしました。
また、FINNAがAT1債無価値化の発表をした際、クレディ・スイスが異議を述べた文書が明らかとなり、投資家たちはさらに反発しました。
そして、AT1債保有者約2,500人の原告が、FINMAに対して、無価値化の決定は公平性を欠いているとして訴訟提起し、無価値化を撤回または修正することを求めました。
クレディ・スイスのAT1債に、AT1債を全損させられる条項があったとはいえ、本来AT1債の優先順位は普通株式より上であるにもかかわらず、普通株式を優先したことは不相当な措置であると主張しました。
また日本でも、クレディ・スイスのAT1債は約1,400億円販売されていたため、多くの投資家が損失を負いました。そのため日本でも、クレディ・スイスAT1債保有者を原告、販売証券会社を被告とする集団訴訟が検討されています。
またクレディスイスAT1債の問題点として、AT1債購入時の販売証券会社の説明が不足していたことも考えられています。クレディスイスAT1債が全額放棄となる可能性についてほとんどの投資家が認識できていなかったためです。
もし説明不足が認められれば、販売証券会社に不法行為が成立し、投資家は損害賠償責任を追及できる可能性があるとも考えられています。
万一この訴えが認められれば、USBは約2兆2,800億円の債務をクレディ・スイスから引き継ぐ形になります。
ただAT1債が無価値化される前日時点で、AT1債の額面価格の約40%である約68億円で取引されていたため、補償額についても予測がしにくいと考えられてます。
今回のAT1債の無価値化により、欧州の銀行が発行するAT1債は暴落しました。
同様に無価値化されることを投資家たちが懸念したためです。
まとめ
AT1債は、高い利回りを得られる反面、リスクが高い証券です。
今回のクレディ・スイスAT1債は世界中で物議と混乱をもたらしており、今後も金融機関に大きな影響を及ぼすと考えられます。